そもそも高次脳機能障害の主な原因であるびまん性軸索損傷の有無からしてその認定が容易ではないのであり、画像から判断しうる症状の拡大や、固定したとの認定も容易なものではなく、他方でリハビリによる回復可能性、その限界の判断という問題も存在するため、どの時点をもって「症状固定」とすべきかは困難な問題である。
当然この時期についての適切な認定を誤れば、被害者に生じた後遺障害に応じた適切な保障とはいえなくなる。
まずそもそも「症状固定」とは後遺障害による損害額の算定や休業損害と後遺症逸失利益との区別等の基礎等となるものであり、「後遺障害」を確定する目安である。
この点「後遺障害」とは、自賠責において「傷害が治ったとき身体に存する障害をいう」とされており(自動車損害賠償保障法施行令2条1項本文)、自賠責が準拠することとしている労災においては、「(障害補償の対象となる後遺症とは、)負傷又は疾病(以下「傷病」という。)がなおったときに残存する当該傷病と相当因果関係を有し、かつ、将来においても回復が困難と見込まれる精神的又は身体的なき損状態(以下「障害」という。)であって、その存在が医学的に認められ、労働能力のそう失を伴うもの」としたうえで、「「なおったとき」とは、傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法(以下「療養」という。)をもってしても、その効果が期待し得ない状態(療養の終了)で、かつ、残存する症状が、自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したときをいい、「したがって障害程度の評価は、 原則として療養効果が期待し得ない状態となり、症状が固定したときにこれを行うこととなる。
ただし、療養効果が期待し得ない状態であっても、症状の固定に至るまでにかなりの期間を要すると見込まれるものもあるので、この場合は医学上妥当と認められる期間をもって、障害程度を評価することとし、症状の固定の見込みが6ヶ月以内の期間において認められないものにあっては、療養の終了時において、将来固定すると認められる症状によって等級を認定することとする」とされている。
よって「症状固定」とは、上記のとおり「傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても、その効果が期待し得ない状態で、かつ、残存する症状が、自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達したとき」をいう。
では、高次脳機能障害において、どの時点をもって「症状固定」とすべきか。
高次脳機能障害とは、認知障害や情動障害を含む全般的な情動・人格の障害を意味するものであり、これに対する「医学上一般に承認された治療方法」とは、リハビリによる各障害の回復を含む。
ところで、身体機能障害や認知障害だけでなく、社会行動障害のような直ちに労働能力の喪失という認定およびその程度を図ることができない症状も含まれ、特に社会的行動障害は後述のように、高次脳機能障害が生じた被害者にとってその存在の受容可能性という意味で重要視されるべき障害である。
これらの各障害は高次脳機能障害において併発することが多いのであるから、社会的行動障害が生じている事案で、社会復帰可能性のある者についての、症状固定時期すなわち「医学上一般に承認された治療方法をもってしてもその効果が期待し得ない状態」を捉えるに当たっては、この社会的行動障害の回復の程度も重視すべきである。
ア 平成19年報告書
高次脳機能障害の症状固定時期について、平成19年報告書は、「成人被害者の場合は、後遺障害診断書に記載された時点と捉えることで通常は妥当性の確保は可能である」としている。
そこで「後遺障害診断書に記載された時点」とは通常どれくらいが妥当な期間といえるのか。
イ 器質的損傷について
「外傷後脳室拡大は1~数ヶ月で完成し、以後はそのまま変化しない」とされ、さらに「外傷性脳室拡大の程度と脳外傷による社会生活適応能力低下の程度とは強く関連する」こととされているから(益澤秀明「“脳外傷による高次脳機能障害”を正しく理解するために」)、症状拡大(能力低下)という観点からは少なくともこの期間を見る必要がある(もっとも、事故によって生じた頭蓋内血腫等が徐々に脳を圧迫した結果脳全体が損傷する2次性びまん性脳損傷の場合には必ずしも当てはまらない。)。
ウ 具体的な症状について
脳室拡大等の脳に対する直接的な症状の進行が止まったとしても、直ちに高次脳機能障害の症状が将来的に固定してしまうものではなく、逆にリハビリによってその障害が回復することも確認されている。
よって先に述べた「後遺症」の定義からは、脳外傷による高次脳機能障害の症状固定時期について適正な判断をするためには、リハビリによる回復およびその限界も考慮に入れることが必要である。
高次脳機能障害に対するリハビリによる改善効果は1年ないし2年まで見られるとの報告があり、脳室拡大や、リハビリによる回復の程度等を踏まえた医師による個別具体的な判断によるしかないが、これらの期間を目安とするのが妥当と思われる。
小児の場合
a 問題点
小児が高次脳機能障害を負った場合、
(1) 心身が未だ発達段階にあるため、その発達に伴い症状が変化する
(2) 脳に可塑性があることから回復の余地がある
(3) 個々の症状が、周囲の環境の影響を受けやすい
(4) 環境も家庭の養護のみであることが多いため、就学するなどしてある程度社会的な環境下に置かれないと明らかにならない症状もある
などの特殊性があることから、脳室拡大等の器質的損傷の変化や、リハビリによる回復の程度・限界から症状固定時期を判断するに際し、これらの特殊性も考慮する必要がある。
このため、平成19年報告書においても、「事故による異常の有無や程度は、ある程度被害者の成長を待たなければ判定できないことが多く、将来成人後に、どの程度の能力低下が生ずるかは、成長過程を観察しなければ判断が難しい」ことから、「小児では、本来は乳児は幼稚園、幼児は就学時まで、等級評価を行わないことが妥当と考える」とされている。
b 日常生活状況報告表
この報告を踏まえ、平成19年4月より、乳幼児については、日常生活状況報告表について特別の様式が用いられている。
大きく、「0歳~3歳未満用」と「3歳~就学前用」に分けられ、それぞれ「日常活動」、「発達状況」についての報告が求められる。
具体的な項目としては以下のとおりであるが、「日常活動」については、受傷前、受傷後それぞれについて、「1:なし(問題なし)」、「2:中間(1と3の中間の状態)」、「3:重度/頻回(障害は深刻で、専門家の支援が必要)」、「4:当てはまらない(わからない、同居していないなどのため、回答できない場合)」について回答し、「発達状況」については、「はい」「いいえ」で回答する形となっている。
高齢者が高次脳機能障害を負った場合、認知症等を併発することがあり、時間が経過するにつれ、一般の高次脳機能障害による症状よりも重篤なものとなるケースが見られる。
よってこのような場合には、被害者に発生した障害と当該事故との因果関係が問題となる(寄与度の問題)。
このような特殊性を踏まえ、平成19年報告書においては、「加齢による症状の変化を勘案し、外傷治療終了後の合理的な期間内に症状固定として取り扱うことが妥当」とし、「症状固定後一定期間が経過し、状態が安定した時点の障害程度をもって障害固定とし、障害等級の認定を行うものとする。その後、時間が経過する過程で症状が悪化した場合については、交通事故による受傷が通常の加齢による変化を超えて悪化の原因になっていることが明白でない限り、上位への等級認定の対象とはしないという取り扱いが合理的と思われる。」としている。
参考文献
「脳外傷による高次脳機能障害相談マニュアル」(財団法人日弁連交通事故相談センター本部)
「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」2005(平成17年)版下巻(財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部)
高野真人「交通事故と損害賠償実務」(新日本法規2008)
吉本智信「高次脳機能障害と損害賠償」(自動車保険ジャーナル、2004)
益澤秀明「交通事故で多発する"高次脳機能障害"とは 見過ごしてはならない脳画像所見と臨床症状の全て」(新興医学出版社、2006)
「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について(報告書)」(自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会、2007)
国立障害者リハビリテーションセンター「高次脳機能障害者支援の手引き」
(http://www.rehab.go.jp/ri/brain_fukyu/kunrenprogram.html)